カテゴリー: 焼き物コラム

突然の来客

お客様はいつも突然来られます。それはそうですね。
しかし、昨日来られたお客様には驚かされました。

午後2時過ぎ、書道の先生のお宅にお手本を取りに伺おうと自宅を出ようとしていた矢先、白い車が。
慌てて出迎えようと自宅ギャラリーから顔を出すと、ん?あの顔には見覚えがある???

なんと、岡山にいるはずの大学のサークルの先輩が前触れなく来てくださいました!
ひったまげた!

N先輩は日向の出身。当時、二人で宮崎弁で会話していると、周りが静まりキョトンとした顔で見られたものです。
「何を言っているのかさっぱり解らない」
ははは(^^ゞ

同じサークルの先輩である奥様(よっちゃん先輩)と娘さん(我々の大学の後輩だそうです!)、N先輩のお母さんと来られました。
4年前に岡山であったサークルの同窓会以来です。
サークル(アウトドア全般をやる)では、N先輩とは宮崎のみならず全国に誇る縦走コース、傾山〜祖母山縦走に、よっちゃん先輩とは日本第二の高峰北岳をはじめとする白根三山縦走をご一緒させていただきました。懐かしいですね〜
この3連休を利用して、家族で帰省されたのだそうです。

積もる話もいろいろあり、楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

と、あまりにびっくりしていたので、写真を撮り忘れました〜
N先輩、写真撮りにまた来てください〜(^_-)
(そういえば、一年前は学科の同級生も突然現れたなー)

「薄氷の踏み方」における工芸について

今、読み進めている本ですが、とても面白い。今をときめく、武道家と精神科医の対談本です。
この中に、工芸に関する下りがあったので、紹介させていただきます。

甲野 今ふと思い出したので、ついでに言うのですが、「愛国心が大事」というのはすごくおかしいと思いますね。やはり人間がいとおしく思うのは、自分が育ってきた「文化」に対してですよ。その人が育ってきた街の風景や文化、あるいは習慣などに愛着を感じているわけです。懐かしい雰囲気そのものだったり、昔から使い込まれた道具であったり、決して文化の容れ物である「国家という枠」に愛着を感じるわけではありません。
今、非常に胡散臭く感じるのは、そこをいつの間にか、為政者が混同させよう、混同させよう、としているように思うことです。
どうして私が「愛国心」という言葉を使うことに抵抗を感じるのは、そういうことに気づいてしまうからなんです。そこが整理されてくると、あやしげな「愛国心」とはずい分違う、もっと自然と人が信じられるような言葉が出てくるんじゃないかなと思うのです。

名越 家に代々200年も伝わっているような漆の器があったとします。そして、その温かさというか、手に取ったときのなじみ感や、毎朝それで味噌汁を飲むときに感じるぬくもりとか、それに伴う思い出とか、先祖がそれを使っていたという系譜的な感触といった、それらのものが集まった一つの器を、自分が本当に自分の身に引き寄せて感じることができたら、これはもう、その人の中に「一つの国の形が見えている」と思うんですよ。今の日本には、そういう人がほとんどいないでしょう。
極端に言えば、自分とその器に本質的な意味を芳醇に嗅ぎ取る、感じ取ることができたら、たった一つの器の中に、その人にとっての、「日本」があると言えるのではないでしょうか。
逆に言えば、そういう部分がなくて、「ただ国を愛せ」とか「精神文化が大切だ」と言っても、それでは「この器は唯一無二の私のものである」というそれだけのパッケージを持つことにも劣るように思います。今の国が僕たちに与えようとしているのは、内容のないただの「標語」みたいなものです。
それがどれだけ貧困なものか、目指すべき方向性が全然違うわけですよね。無意味な標語を掲げる閑があったら、各地域にある独特の塗り方をした器のこととか、その地域に伝わる伝承だとかを年月をかけて子どもたちに伝えられる大人を探したほうがいい。そういう大人たちが何人もいる環境で、子どもたちの中に育て上げて行くものが、その人の「風景の中の国家」につながっていくんだと思います。
そういうことが寸断されている世の中で、いきなり「国に愛を持て」というのはおかしい。そういうことを言えること自体で、僕はその人の国に対する感覚を疑いますね。(p42−43)

お二人の言われることに、まったく同感です。

皆さんは如何でしょうか。

宮崎の伝統工芸〜佐土原人形「ますや」

先日、初めて佐土原人形の老舗「ますや」さんに行ってきました。

佐土原人形とは、400年ほど前から続く、数少ない宮崎の伝統工芸の一つです。しかし、後継者不足で存続が危ぶまれておりました。
ところが、数日前のNHKの朝のニュースで後継者の方が見つかったとあり、居ても立っても居られずお尋ねしてきました。
私の仕事と直接関係ないとはいえ、工芸者の端くれとして、伝統工芸が失われていくのは忍びないものですから。

ますやの阪本さんご夫妻は、初対面にかかわらず、丁寧に応対してくださいました。

記念に、クジラの土鈴を購入しました。実に愛らしい、一品です。

賀詞交換会&恒例新春登山

4日は綾町の賀詞交換会に、酒泉の杜まで出かけてきました。
毎年恒例ですので、これといってないんですが(笑)、司会をされていたフリーアナウンサーの前田晶子さんの楽しそーな企み(!)に、あーでもないこーでもないと花を咲かせました。

さて午後からは、こちらも恒例、新春国富町釈迦ヶ岳登山に母と行ってきました。
昨年も賀詞交換会に出かけた午後に登ったのですが、今年はちょっと出立が遅れ、13時過ぎから登り始めました。
なので、時間を見つつ、途中で引き返すことも想定に入れながらの登山となりました。

普段から歩いている母(76歳)ですが、さすがに年々スピードは落ちているようです。
実は午前中に既に3キロほどを歩いています。体力温存、という考えはなかったのでしょうか・・・・orz
気を取り直して(笑)、序盤の林道歩きから、徐々に高度を上げ、最初の急登に取り掛かります。
が、心配通り、2度ほど足をモツらせてこけてしまいました。
うーん。
以前は半日の日程で考えていたのですが、次回からは1日で考えなくては。と本人も申しておりました。
当初の心配通り、15時で8合目までたどり着けず。
15時半に登頂は無理、と判断しここで引き返すことに。
悔しがる76歳。
姪っ子が高校受験を終えた、春のリベンジを盛んに申しておりました。
まだまだ元気です(^_-)

追記
母は次の日も筋肉痛等はなかったそうです。3日に家でコケて作ったタンコブ以外は(おかげで顔は恐ろしいことに)

工芸まつり直前の窯焚き、無事終了!

img_6930 img_6929今月25日(金)から始まる「綾工芸まつり」に向けて、最後の窯焚きを終えました。 これは釉薬掛けの様子。

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窯詰め。

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夜半から火を入れ、早朝5時の様子。
この日はスーパームーン。
夜のうちは雨が降り、しかも霧も出ていたのであいにく月は見えなかったのですが、それでも明るい!
早朝には晴れ上がり、しっかりスーパームーンを西の空に見ることができました。

img_6942 img_6944img_694715時過ぎには無事終えました。
といっても、窯は開けるまでわからないのですが(^^ゞ
窯出しは週末の予定。白さつまはじっくり冷まさないといけないので、時間がかかるのです。

おまけに、うちのマドンナ、たそがれるコロちゃん(11歳)(笑)