「演劇」カテゴリーアーカイブ

藤井貴里彦回顧展

宮崎が生んだ稀有な作家 藤井貴里彦
藍染め「楡の木工房」主催の染色家の顔と
劇作家、文筆家としての顔

2016年1月に急逝された藤井さんの回顧展のお手伝いをしています。
僕も藤井さん作の暖簾と、自作の黄亜椰茶碗を展示させていただいています。
是非お立ち寄りください。

25日(土)には、現在公開中の映画「しゃぼん玉」に出演されている浜崎けい子さんによる藤井作品の語りの夕べもございます。

2017年3月23日ー27日
午後1時〜6時(25日のみ19時半まで)
黄鶴堂2階ギャラリー
宮崎市堀川町50-1
https://goo.gl/maps/ASauwd8W4L52

主催:藤井貴里彦回顧展実行委員会 TEL:090-5491-1177(根々)

追悼 藤井貴里彦

今日午前中、綾わくわくファームにMRTの前田晶子さんの番組の収録に行ってきた。
そこで前田さんから染織作家・劇作家の藤井貴里彦さんが亡くなられたと告げられた。
昨日17日の朝だったそうだ。

藤井さんとは、もう10年以上も前になるか、宮崎工芸協会で知り合った。
もちろん、綾の手紬染織工房で修行された藤井さんのほうが工芸の世界では先輩であり、朴訥とした人柄と作品には初めてお会いした時から惹かれるものがあった。
その後、僕も藤井さんも工芸協会を離れ、頻繁に交流はなかったものの、染織作家とは違う、劇作家という一面を持つ藤井さんのお仕事には、不思議と繋がっていくこととなる。
とは言っても、僕が演劇と直接関係しているわけではく、故岡田心平くんはじめ前田さんなど、なぜか演劇人の友人が多く、自然と藤井さんの噂なり演劇作品と触れる機会は途切れなかった。

時折、藤井さんの話を耳にする度に、今どうされているだろうか、と思い出していた。

今日初めて前田さんから伺ったところでは、心平くんとの出会いが、藤井さんを劇作家に誘ったようだ。
若くして去った二人の才能は、工芸界にも演劇界にとっても、本当に惜しまれる。
藤井さんに最後にお会いしたのは、奇しくも心平くんの遺作となった「29万の雫」を観劇した時だったろうか。

ちなみに、うちのギャラリーには10年来、藤井さんの作品を飾らせていただいている。

そんわけで、その訃報は少なからず僕にはショックだ。

心より、ご冥福をお祈りいたします。

追伸
藤井さんの作品が、新富町で今週末上演されます。
是非足を運んでみてください。

劇団ゼロQ第12回公演 「風琴の駅」

IMG_6393

リーディング劇「骨の教室」〜岡田心平追悼公演

今月1日の日曜日、綾町のそば処「まる」(商工会青年部の後輩のお店です)へ、劇団ゼロQ公演「リーディング劇 骨の教室」に出かけてきました。

岡田心平くんが突然旅立ったのは、ちょうど一年前
その彼が生前最後に脚本・演出を手がけたのが、「骨の教室」でした。

初演は天空カフェジールにて、2011年3月19〜21日のこと。
当時、心平くんからお誘いも受け、実は小道具(徒歩で日本一周をしている若い女性がしょっている赤いバックパック)を心平くんに貸し出した、という因縁のある劇でした。
にもかかわらず、所用で行けなかったのが今更ながら悔やまれる・・・

というわけで、現在の劇団代表である前田晶子さんに機会あるごとに「ぜひ再演を!」をお願いしてきたので、念願が叶ったわけです。

さて、当日は西米良から黒木敬介さんも綾に来られました。敬介さんとのお付き合いはかれこれ10年ほどになるのですが、お話を伺うと、劇団関係の方々がよく合宿で米良を訪れられているとのこと。つくづく、宮崎狭いわ〜と思いました(笑)

リーディング劇、とは一体どんなものか?と興味津々だったのですが、朗読を中心に簡素化された演劇、といった風情で、大道具小道具もほとんどない!のですが、逆に観客の想像力を引き出す効果もあったんじゃないかな?と思えました。

ストーリーは、「骨先生」こと木津を中心に、ある海辺のムラで起こる怪事件(?)をはらみつつ、もはや死体でもありえない「骨」を見ることで命のあり方、食とは何か、生きるとは?という二重にも三重にも問いかける意味を含んだものでした。
といってもお堅い雰囲気は皆無で、どちらかと言えばユーモラス、トリックスターとしての姉小路青年がなかなかにいい味を出していました。虫好きな興梠豪くん(劇中人物ですよ、念のため。おそらく、この人物は僕と故郷田壮(たける、3人で商工会青年部執行部をしてました。豪=つよし=たける=壮)とをごっちゃにしたネーミングかと思われる)とかとか。

この流れから、「29万の雫」の構想へと彼は向かったのだな、と想像します。

ああ、やっぱり、「骨の教室」を見たあとで、無理矢理にでも打ち上げに参加して心平くんと語り合いたかったなあ!

骨の教室