100均ショップの功罪

今ではどこの町にも一軒はあるであろう、100円均一ショップ。
何でも100円、というアレですね。
実は僕も、よくお世話になっています。

ここには、驚くべきことに食器も売っています。
もちろん100円の、陶磁器の食器です。

とある元主婦のタレントの方が、その著書で「100キンの食器っていいよね」と紹介されていたそうです。
それを聞いて、僕はつい首をひねってしまいました。

主婦の方がうちに買い物に来られて、「うちはまだ子供が小さいから」とよく言われるます。
おそらく「どうせ子供がすぐに割ってしまうから、安い食器で我慢している」という意味だろうと思います。

しかし、子供にとって、果たしてそれがいいのでしょうか。

僕にはまだ家族が居ませんが、妹の姪っ子甥っ子が居ます。
彼らはそれはそれは、元気です(笑)
うちにくる時は、大人と同じように僕が作った器を与えます。
もちろん「おじちゃんが作ったもんやから、大事にしてよ」と言い聞かせます。
すると、子供は子供なりに気をつけるものです。
意外と割ったりしないものです。

先日は久しぶりにあった友人にこういった話を聞きました。
以前買ってもらった僕の器を、長男坊がうっかり割ってしまったそうです。
すると、親がうろたえるほど大泣きしたそうです。
「せっかく買ったのに・・・」

確かに、割った器は元には戻りませんが、そのことで大事なことを学んでいるのではないでしょうか。

土は、行ったん焼いてしまうともう土には戻りません。
再び粘土としては、リサイクル出来ないのです。
「割ってもまた買えばいい。どうせ100円だから」
という安直な発想は、いささか危険なものではないでしょうか。

この世に永久に不変なものはありません。
器は、割れるという運命とともにあります。
だからこそ、モノを大事にするという当たり前の精神を子供達に教えて行かなければならない。
僕はそう思います。

また、普段から「いいもの」を使うことは、情操教育にもきっといい効果を及ぼすはずです。
費用対効果、という言葉が適切かどうかはわかりませんが、へたな教材よりよっぽど有効じゃないかなあ、と思います。

山本一力さんの「銀しゃり」だったでしょうか。こんな一節があったように思います。
「質素なことと、貧相なこととは違う」

毎日使うものだからこそ、ちょっと奮発してみてはいかがでしょうか(^_-)


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