白い土の器の魅力〜白さつま〜後編

前編では土の特性について述べました。
今回はその色合いについて述べたいと思います。

この土の特徴は、その白の「優しさ」にあります。

一般的な有田等の磁器の場合、青色系の白となります。
もちろん、柿右衛門の濁し手や、ボーンチャイナなどの例外もあります。

「白薩摩」の土は、酸化焼成によって若干黄色みを帯びた、暖かみを帯びた白となります。
白い器というもの、これは万能選手ともいえ、また使い手泣かせなものです。
ともすれば冷たくなりがちな磁器に比べ、この白薩摩の土は柔らかい印象のものです。

僕はこの土の色が好きです。


しかし、現在の本場鹿児島県美山で作られている“白薩摩”は、ほとんどが豪華絢爛な金襴手の絵付けが施されています。
これはこれで、薩摩焼の伝統なのです。

前編でも述べた通り、僕は薩摩焼の流れとは違います。
むしろ、佐賀の焼き物、主に唐津、しかも中里隆 直系のものだと自分では思っています。

この土には、余計な絵をつけるよりむしろ土色を生かした食器がいいのではないか?
始めてこの土を焼いた時から、そう感じていました。

数年前、かねてより念願だった日本民芸館を訪ねた時、たまたま「九州の陶磁器展」が開催されていました。
そこにはもちろん薩摩焼の優品も展示されており、江戸後期から明治初期にかけての作といわれるなんと僕と同じ作風の、無地の白薩摩のものも数点展示されていたのです!

興奮しました。

ああ、やはり先人にも僕と同じ価値観を持った方が居たのだ、と。

学芸員の方に拝み倒して(^^ゞ、実物を手に取って拝見しました。
やはり僕と同様、薄手の上手つくりのものでした。
削りもほとんど為されていません。
茶碗にいたっては、やはり僕が選択した方法と同じく、高台見込み以外には削りがされていませんでした。
時代を溯って、自分と同じ価値観を持って仕事をし、それが後に価値を見いだされてそこにあることに、深い感動を覚えました。

工芸館の創始者である柳 宗悦 (1889−1961)も、同様の感動を覚えたことは想像に難くありません。

白い器、シンプルな器というものは、その一見地味な外観とは相反して、作ることも売ることも、格段に難しいものです。
くだんの古白薩摩の優品も、おそらくは商業的な問題で途絶えたのでしょう。
実際、現在鹿児島県内で、いや全国を見ても同様の作風の作家さんを僕は知りません。

僕が歩んでいる道は、決して間違いではない。

そう思えるようになりました。

僕の作品は、“白薩摩”の土は使っていますが、あえて本場薩摩焼と区別するために「白さつま」の表記を用いています。
僕の作品は、薩摩焼ではありません。
よく「何焼きですか?』というご質問を受けるのですが、「そうですね、あえて言えば“オレ焼”ですね(笑)」とお答えさせていただいています(^_-)


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