10月4日、友人に誘われて宮崎公立大で開催された画家富山妙子さんの講演会に出掛けてきました。
富山さんは1921年生まれ。今年で93歳になられます。いわゆる「戦中世代」です。火種工房を主催され、「私はなんのため、誰のために描くのか」という自問を現在に至るまで続けられ、作家活動をされています。
富山さんの“原風景”は、10代の多くを過ごされた旧満州の大陸的風景であり、美術学生の頃に見た朝鮮半島の農村風景だそうです。
どちらの地も、戦火で覆われ、多くの人が故郷喪失の難民となった、そうです。
そこから富山さんの、いわゆる“社会派”としての下地が形成されたのでしょう。行動派の作家として、かつての日本の鉱山や炭坑、旧満州、韓国、南米やキューバ、アパルトヘイトの残る旧南アフリカを歴訪し、作品へと昇華されてきました。
そして火種工房が25周年を迎えた2001年9月、いわゆる9.11が勃発し、またあの悪夢が蘇るのか、との思いを抱かれたそうです。
そして、2011年3月11日。
東北大震災と福島原発事故は、富山さんをいやが応にも制作に駆り立て、一連のシリーズを完成させました。その中にはこれまで富山作品に登場してこなかった“神々”が、描かれていました。
それは、あまりにも愚かな人間の「愚行」への啓示のように思えてなりません。
翼もち酔いて 光にこがれ蝶よ
汝れは身を焼けり
「死して、生まれよ!」
その汝が身にもたざるかぎり
汝はただ生気なき地上の旅人なり 暗き地上の
蝶よ死して成れゲーテ「聖なるあこがれ“Selige Sehnscht”」西東詩集より
(『ロマン・ロラン全集第54巻 道づれたち』宮本正清訳、みすず書房)
富山さんが「苦境に立つと、このゲーテの詩を思い浮かべる」と紹介くださったものです。
富山さんは「生涯において給料生活をしたことがない」そうです。
二人のお子さんを抱えて、女手一つで高度経済成長期、それに続くバブル崩壊の時代を過ごされたというのは、余程の信念と“肝っ玉”がなければ、周りとのギャップの激流を泳ぎきることはできなかったでしょう。
富山妙子というアーティストの、情熱に圧倒された時間でした。
女性の聴講者が多かったようですが、質疑応答では昨今の日本の何やらきな臭い状況も話題になっていました。
日本人は未だにコンプレックス(中国や韓国、アメリカに対して)を持っているのではないか?それが、尖閣諸島問題やヘイトスピーチなどの過剰な反応となって現れているのでは?
その通りだと思います。
コンプレックスや自信のなさ、とはどういうことなのでしょう?
「自信」とは読んで字のごとく、「自分を信じる」ことです。
自分を信じるとは?
他人のことを信じられる、と思う時、その人のことを「知って」いなければ信用することも信じることも出来ません。
自分でも同じことです。
自分のことを知らなければ、信じることはできません。
自分はどんな価値観を持っているのか(それはどこから来ているのか)、どこが長所でありどこが短所なのか。どんな癖、能力を持っているのか。などなど。
自分を知っていれば、「負ける戦はしない」のです。
長所は伸ばすよう努力すればいいし、短所は改善すればいい。その積み重ねです。
それさえやっていれば、「戦(例えであって、戦争やけんかのことだけじゃありませんよ)に負けることはない」つまり今の自分に出来ないことには手を出さないし、今出来なくてもどうすれば出来るようになるのかを考え努力すればいい。ストレスを抱えそうな環境や状況は避けるようになるし、自分のストレスに対しても、なぜそのストレスは生じるのかという原因を理解すれば、解決への第一歩です。(言うほど簡単なことじゃありませんが)
そうすればコンプレックスを持つということはなくなります。と言うより、持ちようがない。
また、自分を知る、ということは他人の評価で自分を測ることがなくなります。
他人と比べて優劣を感じ、一喜一憂すること、他人の好き嫌いで自分の価値を決めることもなくなります。(これは偏差値教育の弊害、かもしれませんね)
よく「自信がない」という人の話を聞いていると、どうも「自信」という言葉を勘違いしている場合が多い気がします。
他人と比較してその優劣によって自分の価値を決めている、「自信が持てた」と言っているように感じることがあります。
それは「自信」ではなく、「劣等感の裏返し」に他なりません。より優れた存在の出現で、簡単に崩れてしまうものですから。
そもそも自分に対して、好きとか嫌いという評価は当てはまりません。
自分というものは好きにも嫌いにもなれるものではないのですから。
ありのままの自分を見つめる。
それが「自信」への第一歩です。
まさしく今の日本(人)に足らないもの、ではないでしょうか。