「四神相応」
四神相応(しじんそうおう)は、東アジア中華文明圏において、の四方の方角を司る「四神」の存在に最もふさわしいと伝統的に信じられてきた地勢地相のことをいう。四地相応ともいう。なお四神の中央に「黄竜」(おうりゅう)、あるいは麒麟を加えたものが「五神」(ごじん) と呼ばれている。(wikipediaより)

方位 四神 地勢 季節
青龍 流水
西 白虎 大道
朱雀 湖沼
玄武 丘陵

初めは、僕が21歳の頃、夏休みに独りで東北地方の山々をひと月をかけて周った時のことでした。
秋田県にある鳥海山を登り始めたのは、1989年7月21日。その数日前には、朝日連峰で誕生日を迎えたことを良く覚えています。
鳥海山は海岸線からすっと伸びた独立峰で、標高2,236mとさほど高い山ではありませんが、なんといっても九州とは違ってそのお花畑に目を奪われました。まるでアルプスにいるようであり、もの凄く気持ちよかったことを覚えています。

その光景が出現したのは翌22日の日没の時でした。
山頂付近にいた僕の前にはにわかに信じがたい雲が現れ、それが徐々に形を表して来た時は思考がすべてストップしてしまいました。

1989年と言えば、昭和天皇が崩御され(1月7日)、参議選で自民党が歴史的大敗をし(7月23日)、この年の東証の大納会で史上最高値を記録した後翌年の大発会からバブルの崩壊が始まった年です。

この時は珍しい写真が撮れた、くらいに思っていました。(しかも鳥海山で!)

その後、紆余曲折あり陶芸家となり、綾で暮らし始めたわけですが。

 

そして、これはいつ焼いたものなのかはっきりとはしないのですが、2007とか8年くらいだったと思います。もうちょっと前だっけな?

自作の抹茶碗に薬掛けをした時、ちょっと掛け損じが出来ました。
そのとき、直感的に「これは面白いものが出来そうだ」と思い、そのまま本焼きしました。
そして、自分用に下ろして使い始め、浮き上がって来たのがこれです。
僕には「玄武」のように見えます。
これも、最初は単に「まるで亀みたいな模様」としか思っていなかったのですが、次の写真を撮った時に、はたと思い当たりました。

これは2009年元旦に、近くの入野橋から日向灘から登る初日の出を撮った写真です。
太陽の前の雲、「麒麟」に見えませんか?
(まあ、人によっては犬とか馬とか、いろいろ見えるとは思いますが、あの「鳳凰」の写真が頭にあったもので、僕は麒麟だと思いました)
(2009年は「鳳凰」との出会いから節目の「はたち」にあたります。また奇しくもこの年の7月22日は皆既日食でした)

ここまでくると、「青龍」あるいは「黄竜」を期待しませんか?

そこで、ひとつ自分なりに予測を立ててみました。
もしこれが何らかの「御印」ならば、辰年に何かあるだろう。それも元旦に。
実は今年は旧暦の正月がグレゴリオ暦の1月23日である。これは「ひふみ」だ。
そして2012年はマヤ歴が終わる年。
(グレゴリオ暦は現在世界中で使われていますが、実は不自然な、つまり政治的に人工的に作られた暦である、って知ってました?)

お断りしておきますが、マヤ歴が終わるから、「ひふみ神事」で言われているから今年に世界の終わりがくる、と言っているわけではありませんよ。
ここ数年来、日本を始め世界中で天変地異や金融あるいは政治的に不穏な動きになっていることは否めません。
が個人的には、世界が終わろうがそうでなかろうが、自然に受け止めていけば良い、と思っています。
ただ、希望を失ったり自暴自棄にはなりたくありません。
そして、今年はひとつのターニングポイントになりそうだ、という予感は持っています。

で、元旦に、1月23日に何か現れるかな、と待ってました。

しかし、これといった印は観られず。

話は前後しますが、今年1月の始め、とある友人が訪ねてきました。
お隣高岡町で石材店を営む、杉元くん。商工会青年部繋がりで、また同い年ということで付き合いがあったわけですが、うちにくるのは初めてで、突然のことだったので「なんごっちゃろかい?(何の用事だろう)」と思いました。
話を聞いてみると、何でも国富町法華岳公園の上にある薬師寺からの仕事で、和泉式部の石像を彩色したい、どうしたらいいだろう?ということでした。
なんでまた僕のところに?と内心動揺しつつ(笑)
石像を塗る、という仕事があまりないし、絵心が要るため一般のペンキ屋さんでもないし、看板屋さんでもないし困っている、とのこと。

実は僕にはペンキ屋さんを1年ほど手伝った経験がありました。陶芸家になる以前の話ですが(この時に職人的な仕事、に目覚めた気もします)。

経験があると言っても石に塗ったことはないし、何せ20年前のこと。でもここ数年、自分に来た「流れ」には素直に従ってみることにしているので、不安はあったものの引き受けることにしました。

準備や下調べなどをしつつ、石像自体も移転工事があったため、そちらとの兼ね合いをみつつ、23日月曜日から塗装工事に入りました。
28日土曜日から例大祭があるので、それまでには何とか仕上げてほしいとのご住職からの依頼だったので、急いで進め何とか金曜日には終えることが出来ました。

そして昨日31日にご挨拶に、3日間に渡る例大祭を済ませられたご住職をお訪ねしてきました。
そこでいろいろと興味深いお話を伺ったのですが、その中で驚く一言が。

「この薬師寺の守護神は龍神である」

ええ???
すぐさま同席していた杉元くんに日程を確認したところ、やはり23日から仕事に入っている、ということ。

つまり、旧暦辰年の元旦に竜が現れた、ということです。

これには心底驚きました。
しかも、数日前にある方から「あの薬師寺は宮崎神宮なんかよりもはるかに凄いパーワースポット」と聞いており、へぇーと思っていたところでもありました。
(ご住職の話では、平安以前からの歴史に加えて明治の廃仏毀釈以前は50名ほどの僧侶が修行していたそうです。なるほど)

本当に、竜が来ました。

で、だからどうした、と言われれば、まあそうなんですけど。
これが何を意味するのかは、これからの僕次第ということでしょうか。

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八十一(やそいち)

八十一(やそいち)

当工房の代表。頑固者。変わり者。とよく言われる。アウトドアと音楽をこよなく愛す。あ、嫁さんも。

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