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野生の科学研究所公開講座 「社会と暮らしのインティマシー:いまなぜ民藝か」

明治大学「野生の科学研究所」で、公開講座が開かれるそうです。

公開講座「社会と暮らしのインティマシー:いまなぜ民藝か」

柳宗悦から始まった日本の民芸運動は、河井寛次郎や棟方志功はじめ、多くの作家たちを巻き込んだ一大ムーブメントでした。
しかし、その理念と逆行するような経済発展を遂げた現在の日本では、もはや「忘れられた」感すらあります。

僕の仕事も、民芸運動から少なからず影響を受けていると思います。

東京にいれば絶対行くんだけどなあ。
10月18日(土)14時〜、お近くの方はぜひ(^_-)

アノニマス・デザイン

anonymous

1.匿名の,名を伏せた;作者[製作者など]不明の;名前を知られないでいるa reader who asks to be ~

匿名希望の読者.

2.個性[特色]のない,何ということもない,平凡な.

昨日から発熱し仕事ができないので、「柳宗理 エッセイ」を一気に読んでしまう。

柳さんがよく使われる「アノニマス・デザイン」という言葉は、お父上である柳宗悦の「民藝運動」とも深いつながりがあるが、果たして僕の現在の仕事を鑑みた場合、どうなのだろうか。


僕の器は、シンプルなものを基調にしている。それは、民藝運動もアノニマス・デザインも意識したもの、とは言い難い。それどころか、僕自身はこのシンプルなデザインに、強烈な(?)自我を閉じ込めているつもりですらある。

しかし、柳さんのデザインには強く惹かれるし、素朴な民芸品(さながら民芸品らしく作られたお土産物を除く)も大好きだ。また、エッセイを拝読しても、興味深い記述がいっぱいあり、とても共感出来る。

まあ、この世界に入って間もない若造がデザイン云々を論じることは出来ないが、しかし、一応プロとして、自分の考えなり方向性をはっきりさせる、探そうとする姿勢は必要であろう。

独立して間もない頃、僕の器は「これ、100円ショップにあるよ」と酷評された。しかし僕は、自分の漠然としてはいるもののはっきりと内側に存在する「価値観」を信じていた。僕の理想とするものを表現するには、ろくろの技術をさらに磨く必要があった。

最近、少しは技術的にも自信がつき始め、それと比例するように世間的にも少しずつ、評価されるようになってきた。このことは、大いに自信にもなっている。

しかし、経済的に言えば、楽になるにはもう少し時間がいるようだ。

「売れるもの」を作るには、市場調査をし、売れ筋を分析し、消費者のニーズに応えればよい。はっきり言って、それはそんなに難しいことではないと思う。もっと言えば、「ニーズ」自体を思い通りに動かせれば、より簡単になる。もちろん、それには巨大な資本が必要となるが。

手工芸品の場合、おのずとそういった流れとは外れたところになるはずなのだが、現実はユートピアには程遠い。

シンプルな物が流行っている、とはいっても、それはやはり「流行のもの」の話だな、というのが昨年上京した折、何軒かのお店を覗いた正直な感想。作り手が悪いのか、使い手の問題か。

話は飛ぶが、弟子時代の友達と、互いの作品を批評し合ったりする機会がある。ある時、僕とは別の窯元で修行していた友人から「お前のはただろくろを 引いただけじゃないか」と言われたことがある。その時、僕はとっさに「それが自分のデザインだ」と答えた。これは今でも、あたらずとも遠からず、と思って いる。

今考えると、「アノニマス」なものとの共通項がここら辺にあるのかもしれない。

熱のせいか、脈絡のない文章になってしまった。しかし、この問題は僕の作陶活動の根幹に関わるので、これからも考え続けるだろう。

春には上京する機会があるので、日本民芸館に是非行こうと思っている。