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サッカー少年だった頃

先日、中学校の同級生が遊びに来てくれました。

サッカー部で一緒だった二人と、3年生のクラス(7組)が一緒だったひとり。
東京のKくんが帰省するというので、それに合わせて綾に寄ってくれました。
ほとんど25年以上ぶりの再会でした。

サッカー部で3年7組だったひとりが、ひと月くらい前に某SNSで僕を見つけてくれました。
初めは彼も名乗らなかったで一体誰だか見当がつかず、プロフィールを見ても日記の内容を見てもさっぱり。
後で聞いて、いやあ、あいつこんな趣味があったの?と驚いたり(笑)

小学校3年から高校1年までサッカーをしていたのですが、中学校の部活をしていた頃が一番幸せだったかもしれません。
当時、サッカーは今と違って超マイナーなスポーツで、ワールドカップの放送も民放など見向きもせず、NHKの深夜枠しかも録画で、という状況でした。眠い目こすりながら見たなあ。
今の少年たちの戦術の高度さには驚かされますが、ぼくらの頃には誰も教えてくれなかったし、プロの試合を見る機会もほとんどありませんでした。
日本人では唯一、ブンデスリーガで奥寺さんが活躍されていましたが、その情報すら、ほとんど入ってきませんでした。(ですので本当に、当時のサッカー小僧にとっては“伝説の”人だったのです)
当時のヒーローと言えば、ジーコ、ケンペス、ソクラテス、そして個人的にはプラティニでしたねえ。
南米の個人技とフランスのパスサッカーの対決にわくわくしたものです。

中学校の県大会の延岡市予選。この大会が最後の試合になります。
我らが土々呂(ととろ)中学は1回戦、2回戦と勝ち進み、準決勝はお隣の南中学。
練習試合では負けた事が無く、1週間前の練習試合でも大差の零封で圧勝していました。
ですので、まったく負ける気はしませんでしたし、優勝候補の筆頭延岡中学との決勝になるだろう、しかし当時の延岡ではどことやっても勝てる気がしていました。

ところが試合当日は土砂降り。グラウンドコンディションは最悪でした。
僕らのスタイルである大きくサイドチェンジをするカウンター攻撃は鳴りを潜め、まさかの敗退。
今でもこの悔しさは忘れられませんねえ(^^ゞ

そんな昔話に花が咲き、いやあ時間が経ってもすぐに昔に戻ってしまいました。
中学を卒業後、それぞれが違う道を選びましたが、変わらぬ友情とはいいもんですね(^_-)