「やそいちの仕事」カテゴリーアーカイブ

白さつま板皿「The Bridge」

白さつま板皿「The Bridge」

世の中に沢山存在する、橋。
その美しいアーチは人々を魅了します。

私は旅が好きで、ふらっと車で出かけたりすることがあるのですが、知らない土地で、見事な橋に出会った時ほど、ワクワクすることはありません。
宮崎にも、日之影、高千穂の峡谷にかかる橋は以前は東洋一の高さを誇っていた高千穂鉄橋を始め多くの美しい姿を惜しげもなく深い谷の上に披露して楽しませてくれますし、県南に目を向けると、えびの市に現存する石橋は、先人の英知と技術の高さを例えば黒木和夫監督作品「美しい夏〜キリシマ〜」等で自然と一体となった姿で我々の関心を引きつけます。

県内だけでなく、有名なところでは熊本の通潤橋や、加久藤峠のループ橋があげられます。

橋は、元々生活のために作られたものであり、そもそもデザイン性よりも実用性が先であったことは想像に難くありません。
そういう意味では、食器と相通ずるところがあるとも言えるでしょう。
しかし、世界中の古い橋にも意図的なデザインが認められるように、構造的なアーチの美しさに人々は惹かれていたのです。

そこで橋のアーチをイメージしてこの器は生まれました。

白さつま板皿「The Bridge」

この写真のものは、大きさは約10センチ×25センチほどで、ちょっとしたオードブルやおつまみを載せるのにいいでしょうか。
表面は、叩き文がつけてあります。
アーチは手彫りの削り出しです。

06.12種子島滞在記vol.4


29日。
窯焚きも最終日である。山のようにあった薪も、すっかり空になってしまった。




さあ、いよいよ最後の薪の投入だ。








最後が見えて来たので、思わず笑みがこぼれる。






薪の投入を終え、焚き口に蓋をする。







ようやく、打ち上げ。先生にシャンパンとワインを買っていただき、労をねぎらっていただく。
この日は生憎3日前からの悪天候で船が出港せず、魚は無し(T^T)
代わりにスモークチキンを、と思って作ったのだけど、煙突の余熱が思いのほか強く、“照り焼き”になっちゃった(^^ゞ



結局、窯焚き期間中朝から晩まで呑んでたなあ、なんだかんだ言って(笑)



あ〜あ。酔っぱらって調子にのっちゃってるよ・・・

翌30日、軽く二日酔いのまま朝を迎え、キビナゴとビールで軽い朝食(笑)を済ます。
今年再び種子島での再会をお約束し、先生と共に島を後にした。

今回、いろいろとお世話いただいた種子島窯の若女将、環さんにはこの場を借りて感謝を述べさせていただきます。
またご当主の野口悦士さんは、窯焚き全般に渡って気配りいただき、本当にご苦労様でした。ありがとうございました。

そして、この落こぼれの弟子に貴重な体験の機会を与えていただいた中里隆 先生に、深い感謝を捧げたいと思います。


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06.12種子島滞在記vol.3


27日。
この日は、周りの風景を撮ってみた。
この竹は、種子島特有のものか、宮崎ではあまり見かけない種類のものだった。
これだけでなく、さすがに珍しい植物が沢山。




ここから、海が望める。




この日はきれいな夕日が見れたのだが、この日を境に次第に荒れ模様となる。


窯焚きも、佳境へ。


先生の作業風景。





窯焚き期間中、先生が自ら手料理でおもてなしいただいた。
中里隆と言えば、プロの料理人も一目置くと言われるお方。
初日、お世話になる気持ちだけのお礼に僕が、焙りの火を利用してスモークチキンを作ったのだけど、その時使わせていただいた包丁の切れ味に驚いた。
思わず「どなたが手入れをされているのですか?」と野口さんにお聞きしたところ、「先生に研いで頂きました」とのこと。うーん、さすが(^_-)

焼酎は、「島の泉」「南泉」「甘露」。
種子島の焼酎には特産の「安納芋」が使われるが、この安納芋、その甘さに驚いた。


この日は、石垣鯛尽くし。
山葵はわざわざ唐津から持って来られたもの。
あらは吸い物の出汁をとったあとは、そのまま食べる。食べられるものは決して捨てない。

朝食のみそ汁も、スーパーのいりこと昆布(これらも後ほど姿を変えて食卓に並ぶ)なのに、唐津で普段に使われている“えそ”と“利尻昆布”に負けないくらい美味しい。出汁の取り方を教えていただく。(しかし、僕がやっても上手く行かないんだよなあ(^^ゞ
先生の手料理を頂けるだけで幸せである。


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06.12種子島滞在記vol.2


26日早朝。
窯の前から3分の1くらいのところに取り付けられた温度計は、そろそろ800℃になろうとしている。


思ったより引きが弱く、また風も出て来て吹き返してなかなか温度が上がらない。
ロストルの下の熾きの影響だろうか。


横の焚き口より、真っ黒な煙が吹き出る。
強い還元状態の証拠だ。


この日のお昼前より、先生が来島。


早速先生は魚屋さんへ(^_-)
種子島名物、通称“ザコ”「きびなご」を買って来てくださった。
「ざる一杯200円じゃったけんね(笑)」
窯の余熱で乾燥させる。これがうまい!
新鮮だから、生のままで食べても美味しいし、表面が乾いたくらいのヤツを焚き口側で小さい網に載せて焙っても旨い!
残ったものは、その後からからに乾くのだけど、こいがまたうめ〜とよ(^_-)


胴木の頃合いを見計らって、横の焚き口を下から徐々にくべ始める。



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06.12種子島滞在記vol.1

突然の先生からのお電話より、思いもかけず種子島に渡ることになった昨年末。
35年前に僕の焼き物の師匠、中里隆 先生が“種子島焼”を小山富士夫先生の勧めによって再興され、古稀を迎えられた今、再び種子島で作陶されているとのこと。
師匠の原点回帰、そこに居合わす幸運。その貴重な体験を記憶の新しいうちにここに記しておこうと思う。

先生よりお電話いただいたのは、平成18年12月11日の夜のこと。僕は山形屋美術画廊での個展を開催中で、その晩は山形屋さんの忘年会にお誘いいただき、座が盛り上がっていたところ、母から電話で連絡を受けた。
13日に改めてお電話すると、現在種子島に居られ、年末に窯焚きをするから手伝って欲しいとのこと。僕は二つ返事で伺うことをお約束した。

23日早朝6時に自宅を出、宮交シティ6:30発の鹿児島行き高速バスに乗り込む。
9時過ぎに天文館に着き、鹿児島港北埠頭に向かう。
ここより、種子島・屋久島行き高速船トッピーに乗り込む。

高速船初体験だったのだが、そのスピードに驚いた。
天気は快晴。海は凪いでいる。途中、イルカの群れに出会う。
鹿児島よりおよそ1時間30分、11時半に西之表港に到着。
種子島窯の若女将、野口環さんに出迎えていただく。

早速窯の方へ案内していただき、現当主野口悦士さんとご挨拶。先生はいったん唐津へお帰りになり、26日に再び種子島に来られるとのことだった。
お昼を頂くと、早速窯詰め作業へ。
ところが、僕が熱を出して寝込んでいた時期と同じくして野口さんも点滴を打ちに行っていたとのこと。
窯詰めが予定より大幅に遅れ、薪割りも危うい、という状況だった。

とにかく、火入れは24日の夜にしなくてはならない(窯出しの予定が1月4日が期限のため)ので、大急ぎで作業に入った。


窯の内部。


種子島焼独特の蛇窯。


焚き口。


焚き口より、内部を覗く。窯の中は高さも幅も狭く、床に座り込んでの作業を余儀なくされる。

24日夕方、なんとか窯詰め作業を終え、火を入れる。

これから丸二日をかけて、じっくりと焙りの工程に入って行く。


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