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チビートトラバース2018夏4日目〜日の尾峠〜やまなみハイウェイ〜筋湯温泉〜飯田高原〜カナディアンヴィレッジ

7月16日月曜日。4時起床。夜はさすがに寒かった。

夏場は基本ドイターのインナーシュラフを使っている。平地ならばこれで十分。シュラフの出番はない。
シルクみたいな肌触りでコンパクトで軽い。今は売っていないようだ。
しかしさすがに阿蘇の麓。寒くて夏用シュラフに潜り込んだ。おかげでぐっすりと眠れた。

しかし、この日も隣のファミリーキャンパーは夜中まで騒がしかった。
花火をするなとは言わないが(打ち上げじゃなかったし)、夜の10時を過ぎて子供とキャーキャー言うのはいかがなものか。
家とは違うんだぞ。

疲れ方が想像以上だったので、前日はここに連泊してもいいかなと思っていたが、エビと騒音は無理、ということで次で連泊することにした。

この日も快晴。6時過ぎに出立。飯田高原を目指す。

さて、出かけますか。

キャンプ場を出る際、犬連れのご夫婦キャンパーと挨拶を交わす。普通ならば下っていくところ、自転車で山の方へ行く姿を少々怪訝に見送られた。

昨日の管理人さんの話では、峠の手前で道が埋まっているものの、自転車なら何とかなるかも?ということだった。

空気が気持ち良い。
疲れも、昨日はたっぷり休憩したおかげで、だいぶ回復している。とは言え、この日も暑さが厳しい予想だったので、できるだけ早めにテン場まで着きたいところだ。

キャンプ場から峠まで、距離はさほどではないものの、それなりの傾斜だ。

朝イチの登り。
朝日が山に映える。
根子岳の直下をグイグイ登っていく。
根子岳を見上げる。
峠への道は牧場でもある。
右側の倒木の隙間を通っていく。

途中、綺麗なガクアジサイに出会う。

美しい青。

大雨の時は滝になるのだろう。

根子岳と高岳の間を縫っていく。

峠だ。
7時。標高988m。

この日の尾峠は、昔から高森の人たちが一ノ宮にある阿蘇神社への参拝に使っていた道だそう。
何とも雰囲気のある、いい峠だ。

いつの頃からか、人々の交流を見守ってきた道。
地震だけでなく、近年自然の猛威にさらされている。

しばしの休憩後、下りにかかる。

高森側の、樹間を縫って行く道とはまったく違う景色が広がっていた。
眼前には、これぞ阿蘇!ともいうべき爽やかな高原が広がっていた。めちゃきもちいい!

最高だ!

視界が広がると、遠くに久住の山々が見えた。
高原ロードを気持ちよくダウンヒル
町まで下りてくると、遠くに仏舎利塔が見えた。
朝日に輝く高岳

宮地駅に8時着。
33年前の夏、当時まだ国鉄の駅だったここに一夜の宿を借りた。駅員さんにお願いすると、二つ返事でお許しいただいた。いい時代だった。
その時は、長野からキャンピング車(もちろん自転車ね)で来たという、同い年の工業高校生と泊まった。
延岡も走ってきた、可愛い子が多くてびっくりした!と言う彼に、そうかなあ?そうかもねえと相槌をうつようなうたないような・・・・当時は延岡在住だったのだ。

しかし、同い年でやることが違うことに軽くショックを受けたなあ。
こっちはナショナル(現パナソニック)のランディオーネという、ブリジストンのロードマン(当時のベストセラー)の対抗馬(5万円前後の量販型ドロップハンドルスポーツ車)を、ちょろっと改造したとも言えないような代物で、テントどころか自炊道具も持たず、どこか軒下さえあればいい、という若さが故のスタイル。
荷物もフロンバックとサドルバック、ディパックという軽装だった。
それでも自分的には大冒険のつもりだった。はじめての野宿ツーリングだったし。
1週間でも十分に長い気がした。
ところが彼は、キャンピングフル装備(サイドバック前後仕様)で長野から自走!ほー!

まあ。自転車は今も大して変わらない。FUJI absolute3.0だし(ヤフオクで5万)。
ただ、フレーム以外はほとんど改造してある。自慢の愛車だ。

今は無人駅。

さて、いよいよやまなみハイウェイ(県道11号線)を目指す。
噴火口の中に町があり、噴火口を上って外に出る。そのスケールを体感できる。

9時半に展望台着。
日差しが今日もきつすぎる。しかし、日陰に入れば風は心地よい。

でっかい噴火口の中に町があり、田畑がある。

さてお待ちかね、ここからが快走ロードだ。

と言いたいところだが、連休の最終日。車、バイク、車、バイク、車、白バイ。
のんびり、ゆっくり、静かに高原の道を楽しませてはくれなかった。

久住の山々が近くなってきた。
なにやら大規模な建物と風車の群れ
久住が目前に

瀬ノ本高原

11時、瀬ノ本のドライブインで休憩した後、県道11号から離れて、県道40号線を行くことにする。
高原ロードからは外れてしまうが、交通量は圧倒的に少ない。樹間を行く道なので、涼しい。
ただし、11号線は牧ノ戸峠を越えて終えば楽な道であるが、40号線はアップダウンが続き、距離は短いが斜度10%超区間もある。
なにせ、九州では珍しいスキー場に至る道だ。

10%越えの登りは、きつかった。水を飲んでも飲んでも、喉の渇きが取れない。
ルートラボを見てみると、日の尾峠よりも標高は高い1153mだ。
しかし、そこからは下りだ。
途中、筋湯温泉を通る。幼少の頃、祖母の湯治に付き合って何泊かした記憶がある。
40年以上まえの記憶の景色とは、さすがに重ならなかった。

途中、道を間違えるところだった。地図を忘れて、このように何度か迷った。

正解は左折。右をしばらく行って、引き返した。
とにかく40号線を進む。

やまなみハイウェイとぶつかる交差点へ出た。

飯田の街を抜け、やまなみハイウェイとぶつかった。そこをまっすぐ突っ切って行く。県道621号線だ。

今朝、日の尾峠からは霞んで見えなかった久住の裏側へやってきた。
三俣蓮華岳と平治岳

今日のテン場、カナディアンヴィレッジに無事到着。14時半。
さすがに連休最終日。社会人の陸上部の合宿以外、キャンプ場には誰もいなかった。

誰もいないキャンプ場。天国だ。
夕日に小麦が揺れる。

 

走行距離57.7km

チビートトラバース2018夏3日目〜中坂峠〜鍋の平キャンプ場

7月15日日曜日。この日も4時半に起床。まだ誰も起きていない。
朝方はさすがに涼しいが、この日も酷暑が予想されたので、早めに出立。
ここはよく霧が出る。

起き抜けの変な写真
服掛松キャンプ場のご案内
朝もやの中に

R265を菅尾から県道151号線へと入る。

朝の7時半。既に日差しが強い。

この道は17の夏に通った思い出の道。33年ぶりだ。

上差尾集落では迷いそうになった。

途中、上差尾集落ではちょっとわかりにくいが、地元のおばあさんに道を尋ねる。
なんと今回、地図を忘れるという大失態。 要所要所は事前にプリントアウトしてマップケースに持参したのだが、ロードマップは前夜寝床で見たまま、忘れてきてしまった。 まあ、山の中じゃあるまいし、聞けばいいことだ。

確か、33年前もここで道を間違え、牧場の中を行き止まりまで行って引き返したっけ。それはそれで、いい思い出。

それからは樹間の気持ちの良い、涼しい道。アップダウンを繰り返しながら、地道に高度を稼ぐ。

最初のピーク。まだ峠ではない。

峠?らしきところに出たが、まだここではない。左に林道があったので、遊び半分に入ってみた。 1kmほど行ったところで下りになったので、そこで休憩し引き返すことにする。8時半。

ネムノキ
時間に余裕があるので、脇道のダートに入り込んでみる。国見の山々が見える。昨日はあそこを越えてきた。
こちらは祖母山塊を見渡せた。

そこから県道に戻り、少しくだったあと、最後の登りにかかる。

中坂(ちゅうさか)峠には一本の桜が立っていた。
いつから、ここで旅人が行き交うのを見守っているのだろうか。9時20分。

高千穂方面から阿蘇へ行くには、高森峠(トンネル)が一般的だが、旧道はともかく(こちらもお薦め)、峠からのトンネルは長くて通行量も激しい。 時間に余裕があったり、とにかくトラックを避けたいと思う向きは、高森峠よりは登りは多少きついものの、中坂峠を断然お薦めする。気持ち良いこと請け合い。車はほとんどなく、たっぷりと阿蘇の旅情を味わえる。

峠の桜の木。
花もさぞかし見事だろう。
中坂峠から祖母山方面を望む。

峠から少し下ったところに、自然歩道の案内板があった。 しかし、高森峠への道はうっそうとした薮に覆われていた。 高森の街までは気持ちの良いダウンヒルを堪能する。

根子岳が見えてきた!
阿蘇だよ〜

10時には高森まで下る。
時間は少し早いが、阿蘇まで来て慌てることもあるまい。今日は根子岳の麓、鍋の平キャンプ場止まりとする。

阿蘇のこちらの方面は、震災の影響はさほど感じられない。
高2の夏に、はじめて野宿ツーリングに来て以来、「心のふるさと」と勝手に阿蘇を思っている身としては、少しばかり安堵した。

R325まで出て、ダイレックスで買い出しを済ます。今日はキャンプ場で昼食も摂ることにする。一升の米を早く消費して、軽くしてしまいたい。

ここから10kmもないのだからすぐに着く、と思いきや、1時間以上もかかってしまった。 思っている以上に、疲労と暑さがボディブローのように効いている。ちょうど昼頃、キャンプ場着。
キャンプ場の入り口は、少々わかりにくかった。え?そんなことない?疲れてんだ。

根子岳が眼前に迫る。
キャンプ場のアイドル犬、ジョン。
優しい顔をしているから、ばあちゃん犬かと思いきや、じいちゃんだった。

とにかく腹が減っているので、2合の飯を炊いて食った。ぷはっ。

今回のテントは、ヨーレイカ/アマリ・パス・ソロ。全面メッシュなので、夏場は快適。居住性抜群。 自分的にはホテル並みの快適さ。前室も文句なしの広さ。そのかわり、少々重量があるのはやむをえない。

今気になっているのがこちら。軽いぜ!

通称カタツムリ。
なかなか気持ちの良いところ。
阿蘇に陽が沈む。

午後は洗濯をし、ただただ、木陰で横になって疲れを癒した。

キャンプ場自体は、とても気持ち良い。温泉も車ですぐ、らしい。自転車だと、帰りにそれなりの登りがあるため、また汗をかく羽目になる。

連休の日曜日。服掛松ほどでないにしても、ここもファミリーキャンパーでにぎわっていた。ただ、バイカーも目立つ。
管理人のおじさん曰く、トヨタのCMでかのヒロシ(熊本出身ね)がここでロケをしたらしく(知らんけど)、GWには関西からのキャンパーでぎゅうぎゅうだった、との事。へえ。
しかし、色々と事情もあるのだろうが、日曜日に何もキャンプ場の草刈りをしなくてもいいのでは?
客のみんなは静かに過ごしたくて、ここに来てるんだろうし。せっかくの場所が、草刈機の音で興が削ぎれたのは否めない。
しかも、誰かは知らんが、炊事場にエビを丸ごと放置している。その匂いが、堪らん。
阿蘇に来て、捨てられたエビの臭いはいらない。管理人さんも放置しているのは、なぜ?

シチュエーションとは裏腹に、不思議なところだった。

走行距離36.4km

チビートトラバース2018夏2日目〜旧南郷村神門〜椎葉〜服掛松キャンプ場

7月14日土曜日。昨日はゆっくりとお風呂に浸かって疲れを癒した。近くのエーコープの弁当の夕食だったが、夜は早々に休み、朝4時起床。
さっさと宿を立ち、「森の駅きじの」まで移動。そこで朝食とトイレを済ます。なぜ?自炊だから。

いちもり旅館。もう利用することもあるまい。
森の駅きじの

昨日の疲れはだいぶ取れてはいるが、完全には程遠い。今日も峠をできれば3つ越えたいところだが、災害状況と暑さと疲労度合いによっては柔軟に対応するつもりだった。

R388を北西に進む。途中、鬼神野キャンプ場跡に立ち寄る。なるほど。荒れている。トイレなし。炊事場跡あり。川の側なので水には困らない。野宿は可能だ。自己責任で。
ひむか神話街道に沿って大河内より椎葉を目指す。

中山トンネルまでの登り。

現在では中山トンネルが開通し、かなりの時間短縮になっているが、旧道である中山峠を目指す。しかし、朝も早よから10%越えの坂であるよ。

中山トンネル

トンネル手前左から旧道へと入る。
入るといきなり、荒れている。と、入口に車を止めている登山?猟?準備をしているカップルに尋ねてみた。
聞くと、沢登りに来られた、とのこと。道は行ってみなくてはわからない。

こんな感じで、10数mおきに土砂倒木が道を遮っていた。

中山トンネルもそんなに古くないはずなので、旧道もそこまで荒れてないだろう、という希望的観測はまったく外れ、ほとんど使われていないのだろう。国見峠より状態は悪い

峠の手前1kmほどで、完全に土砂で埋まっていた。
担いで越えられないことはなかったが、こちら側でこれだと、椎葉側はもっとひどい可能性が高い。本当に進めなくなったら、引き返さなければならない。そのリスクを考え、ここで撤退することにした。
本来ならば、中山峠から尾崎峠へと抜けたかったのだが、この様子では復旧は望めそうにない。
日常的に使われない道には、行政も手間をかけない。

こうやって、旅情を湛えた旧道は忘れらていく。

完全にふさがれている。
ここまで登ってきたのに・・・

こんな時はクロスブラスターの恩恵をしみじみ感じる。大荷物のダートにも安心だ。しかし、道路には野バラが魔の手をそこかしこに伸ばしており、手足に無数のトゲを刺す羽目に。

トンネルまで戻り、椎葉を目指す。中山トンネルは片側一車線で広くはないが、交通量が少ないため、不安はなかった。
トンネルを抜けて更に登る。途中、水場がある。美味い!

ありがたやありがたや
弓木の天地神水、というらしい。

耳川まで一気に下る。
途中の集落に、鐘があった。

なんのための鐘だろう?通信用だろうか?

なんだか毎年のように椎葉に来ているが、椎葉に来たらあそこに寄らねばなるまい。
10時には「椎葉山の語り部」さんへ。
亡くなられたご主人の中瀬さんとも、「みちくさ」の異業種交流会つながりであった。

お母さんのお蕎麦をいただくのが楽しみ。

11時。そろそろ日差しも厳しくなってきた。先を急ごう。
R265を旧蘇陽町馬美原を目指す。
できれば国見峠を行きたかったのだが、事前に役場に問い合わせたところ「完全に通行不可」とのこと。残念。
素直にトンネルにする。しかし、このトンネル、嫌なんだよなあ。狭いし。長いし。しかもこちらからだと登りだし。

トンネルまでの道は、初めは木陰もあり良かったのだが(きついけど)、トンネルが近づくにつれ、幅広の新しい道路となってくる。
つまりは、日影が、ない。たまらん。しかも傾斜も更にきつくなる。
トンネルにたどり着いたのは既に12時45分だった。

国見トンネル

いつもならいや〜なトンネルだが、この日ばかりはその涼しさがありがたい!生き返る!
なが〜いトンネルが終わる頃には、もう終わっちゃうの?と後ろ髪を引かれる思いさえした。

国見峠の入り口には「完全通行止め」の看板が
いよいよ熊本県に入る。

五ヶ瀬町鞍岡の街を抜け、熊本県に入った。この道も、もう何度も通ったのだが、県境を越える時は、いつもなぜかわくわくする。
14時ごろ、馬美原の街へ到着。
陽はまだ高いが、疲労も溜まっており、何しろこの暑さ。ビールを仕入れて、キャンプ場へと向かう。

服掛松キャンプ場は一昨年に続き2度目なので、ここからそんなに遠くないはず、と思っていたのだが足が重くなかなかたどり着かない。

服掛松キャンプ場

ここはお薦め。安い。綺麗。広い。モンベル割引あり。
ただし、この日の様に連休などに掛かると、ファミリーキャンパーも多数。隣の家族連れが夜遅くまで騒がしかった。楽しいのは結構だが、自分の家と同じ感覚で来られると、正直、迷惑。ま、いいけど。

夜もなかなか涼しくならず、寝付けなかった。

走行距離70.4km
平均速度12.4km/h

チビートトラバース2018夏1日目〜ひむか神話街道

今年でいよいよ五十路を迎えることになった。というわけで(?)その祝いに、ツーリングに出かけてきました。7月13日の金曜日のことだ。

本当は、四国は石鎚山を目指す予定だったのだが、西日本豪雨災害のために通過予定だった大洲市始め広い範囲でいまだ復旧されていない状況。予定を変更してひむか神話街道を経由して阿蘇方面を目指す、峠越えの旅とした。
被災された地域の方々に、この場にてお見舞い申し上げます。

綾の自宅を8時過ぎに出立。先ずは西都からひむか神話街道を目指す。

日差しは既に強い。しかし、今日は距離はさほどの予定ではないので、のんびりと行く。
今度の旅の新しい相棒として、初オルトリーブ。さすがに定番。使いやすい。
今回は長丁場、ということで持参する米も一升。さすがに重い。
また、熊本地震の時に「いざという時のために」購入したGOALZERO(ゴールゼロ) ガイド10プラスモバイルキットも持参してみた。ちなみに僕がモンベルストアで買った時は2万円以上だったので、1万円はお買い得。
自宅でモバイルバッテリーやiPod Touchを充電するには十分の実力だが、旅で使ったことがなかった。というわけで、実戦投入してみる。加えて、2種類のモバイルバッテリーも持参する。
ガラケーと、カメラとミュージックプレイヤー役のiPhone5用である。


これは実際は10000mhのひと世代前のものを持参した。

1時間半ほどで杉安到着。
昨年のぼんさん越しツーリングと同じく、タイヤは前がパナレーサークロスブラスター700×31c、後ろがパナレーサーグラベルキング700×32cのコンビ。


路面を選ばない、という点では何の心配もいらないコンビだが、高速でコーナーに入る時、空気圧が低下しているとグニュとした感じになる。大荷物もへっちゃらだが、なんせスピードは期待できない。ネチッとした感触。悪くはない、んだけど。

西都市杉安付近。
かつての国鉄妻線跡がサイクリングロードになっている。

R219を順調に進み、大椎葉トンネルへ。

連日の大雨より杉安ダムも放流していた。
大椎葉トンネル

ここからいよいよ尾八重の山道へと入っていく。
この道、ずっと昔に車では通ったことがあったのだが、その時の印象もかなりのものだった。現在は行われていないようだが、「激坂ヒルクライム」も行われたらしい。どのくらい凄いかと言うと、このくらい。是非ルートラボページで斜度を確認してほしい。高低図を、測りたい部分をドラッグすると距離と斜度が出てくる。
最高地点が971m、そこまでが15.3kmで平均斜度が7.8%。嘘かまことか、場所によっては22%という表示も出る。少なくとも、16%はある。

はっきり言うと、人生最大級にきつい登りだった。昨年のぼんさん越しの時もそのように感じだのだが、かる〜くその上を行く。ルートラボによれば、ぼんさん越しの場合、不土野郵便局から峠までの道のりは、最高地点1486 m、距離16km平均斜度6.1%である。一目瞭然。

印象深い「激坂」といえば、二十歳の時の北海道は富良野から大雪山キャンプ場の登りだが、あの時の装備とは比べ物にならないほど、今回は重い。あの時は二人で荷物を分け合ったが、今回は単独のフルキャンピング装備である。ほへ。

坂を登れば展望は抜群
とにかく水がない。
もうすぐ、のはずがなかなか着かない。

登り始めが10時20分。尾八重牧場跡にある眺望館に着いたのは13時だった。
注意すべき点は、大椎葉トンネルを抜けてすぐに水場があるが、それ以降、ない。たいてい沢水があるものだが、大雨の後にかかわらず、道沿いにはチョロチョロとしたところしかない。加えて、自販機はまったくない。
眺望館まで行けば自販機くらいあるだろう、と思っていたらまったくの無人でここに自販機はない。かろうじて、トイレの水道が使える。おそらく山水だろうから、飲用もできるはず。もちろん、ありがたくいただいた。
軽装備のロードならともかく、重装備でこの道を超える際には水は多めに持参したほうが良い。特に夏場は。

8%近い坂が延々と続き、太ももの裏側が早くも悲鳴を上げている。時速は5〜6km。
下界では記録的な酷暑。しかし日差しは強いものの、木陰も多く、風は涼しい。

ようやく尾八重牧場跡に到着。
眺望館には誰もいない。
避雷針が不気味に聳え立つ。

動悸が収まらない。
ここから更に登りは続く。

展望だけは素晴らしい。しかし、喘ぎ声が山間にこだまするようだ。

ああ、そうですか。

 

峠手前のあずまや。

あずまやで休憩。13時50分。峠までもうすぐ。しかしこの時点で精も根も果てていた。激しい呼吸が10分くらい休憩したくらいでは、とても収まらない。なんてこった。

よくぞ登ってきた。

しかし涼しいなあ。

この時点で、今夜の宿の心配を始めた。予定では、旧南郷村神門から少し上流にある鬼神野(きじの)キャンプ場跡にでもテントを張ろうか、と思っていたのだが、買い出しに神門の街まで行く必要があることと、これから下りとはいえ、もう一つ峠越えが待っていた。
予定では、今回のツアーはトンネルではなく、旧道の峠をできるだけ行く、というコンセプトだったのだが、早くも初日で頓挫することに。だって疲れたんだもん。無理。

今度は激坂を豪快にダウンヒル。

と言いたいところだが、スピードは上がらない。いや、斜度は凄いんだけど、疲れがピークでスピードに付いていけない。慎重なブレーキングで下っていく。
とにかく県道39号線まで降り、古園集落で自販機で冷たいコーラを流し込む。
普段ならまずコーラなんか飲まないが、冷たく手っ取り早く糖分が取れるのはありがたい。
しばしの休憩後、峠へ向かいR388へとでる。16時くらいだったか。

R388に出たところに、「森の駅きじの」がある。
立派なトイレはあるがどうやら無人のようだ。元気があれば、ここで一泊してもいいが、とにかくこれから長丁場、ここでこの日の疲れを少しでも回復しておかないと、旅の途中で帰らなければならなくなる。
というわけで、神門の旧知の旅館「南郷旅館」に部屋を求めることにする。

自分的には、これは大英断だ。宿を取るなんて。
お金を使えば済むところを、敢えて自分の力でやり抜く、というのが自分の旅のスタイル。たかだか自転車ツーリングでも、日頃のモノにあふれた現代日本の生活では忘れがちな己の野生を少しでも取り戻すためだ。
しかし、今回はそうは言っていられない。
また、南郷旅館の坂本柾夫さん(先代のご主人)は、「みちくさ」の異業種交流会で知り合ってから20年近く年賀状をやり取りさせていただいている。この機会に旧交を温めるのも、また旅の楽しみというものだ。

というわけで、南郷旅館を目指す。おお、あったあった。

「こんにちはー」とあいさつすると、誰もでてこない。あれ?
何度か呼ぶと、坂本さんがひょこりと顔を出された。
「あいにく今日はお休みです」
なんと。従業員は誰もいない、とのこと。残念。

というわけでpart2、近所の「いちもり旅館」に宿をとった。

走行距離74.8km
平均速度12.5km/h
最大速度56.5km/h

「薄氷の踏み方」における工芸について

今、読み進めている本ですが、とても面白い。今をときめく、武道家と精神科医の対談本です。
この中に、工芸に関する下りがあったので、紹介させていただきます。

甲野 今ふと思い出したので、ついでに言うのですが、「愛国心が大事」というのはすごくおかしいと思いますね。やはり人間がいとおしく思うのは、自分が育ってきた「文化」に対してですよ。その人が育ってきた街の風景や文化、あるいは習慣などに愛着を感じているわけです。懐かしい雰囲気そのものだったり、昔から使い込まれた道具であったり、決して文化の容れ物である「国家という枠」に愛着を感じるわけではありません。
今、非常に胡散臭く感じるのは、そこをいつの間にか、為政者が混同させよう、混同させよう、としているように思うことです。
どうして私が「愛国心」という言葉を使うことに抵抗を感じるのは、そういうことに気づいてしまうからなんです。そこが整理されてくると、あやしげな「愛国心」とはずい分違う、もっと自然と人が信じられるような言葉が出てくるんじゃないかなと思うのです。

名越 家に代々200年も伝わっているような漆の器があったとします。そして、その温かさというか、手に取ったときのなじみ感や、毎朝それで味噌汁を飲むときに感じるぬくもりとか、それに伴う思い出とか、先祖がそれを使っていたという系譜的な感触といった、それらのものが集まった一つの器を、自分が本当に自分の身に引き寄せて感じることができたら、これはもう、その人の中に「一つの国の形が見えている」と思うんですよ。今の日本には、そういう人がほとんどいないでしょう。
極端に言えば、自分とその器に本質的な意味を芳醇に嗅ぎ取る、感じ取ることができたら、たった一つの器の中に、その人にとっての、「日本」があると言えるのではないでしょうか。
逆に言えば、そういう部分がなくて、「ただ国を愛せ」とか「精神文化が大切だ」と言っても、それでは「この器は唯一無二の私のものである」というそれだけのパッケージを持つことにも劣るように思います。今の国が僕たちに与えようとしているのは、内容のないただの「標語」みたいなものです。
それがどれだけ貧困なものか、目指すべき方向性が全然違うわけですよね。無意味な標語を掲げる閑があったら、各地域にある独特の塗り方をした器のこととか、その地域に伝わる伝承だとかを年月をかけて子どもたちに伝えられる大人を探したほうがいい。そういう大人たちが何人もいる環境で、子どもたちの中に育て上げて行くものが、その人の「風景の中の国家」につながっていくんだと思います。
そういうことが寸断されている世の中で、いきなり「国に愛を持て」というのはおかしい。そういうことを言えること自体で、僕はその人の国に対する感覚を疑いますね。(p42−43)

お二人の言われることに、まったく同感です。

皆さんは如何でしょうか。